Cambodia Report 3.9

プリア・カン

プリア・カンを象徴する2層式の石造建築
アンコール遺跡では珍しい円柱で支えられている構造から,
13世紀後半頃に建てられたものと推測されている。

 タ・プロームの次は,アンコールワットから北に 6km ほどにあるプリア・カンに行ってみましょう。 この寺院もタ・プローム同様,ジャヤヴァルマン7世がチャンパ軍(今のベトナムの辺りを支配していた)を撃退した戦勝記念として, 1191年(あの鎌倉幕府の前の年です!)に建立したもの。 ジャヤヴァルマン7世自身は仏教徒でしたが,当時の世相を反映しヒンズー教との融和も考慮して,ヒンズーの神々をも祀る「複合寺院」としたといわれています。

 後にジャヤヴァルマン8世が改築しましたが,徐々に仏教の影響は薄れヒンズー色の強い寺院となっていったようです。 タ・プロームと対照をなすのは,この寺院はジャヤヴァルマン7世が彼の父の菩提を弔うために,観音菩薩を祀ったところとのことです。

 この寺院の敷地の周囲には東西700m,南北700m の環濠が掘られています。 寺院の外周壁はラテライト(赤茶色をした土で,一定の大きさで切り出して1か月程度天日で乾燥させると硬くなる特性があるので,建築材料に適している。 カンボディアやタイのクメール様式の寺院で多用された。)製で,その長さは東西200m,南北150m。 東西南北に4つの門が設けられています。


プリア・カンの西塔門

右の方に石像が並んでいるのは,乳海攪拌の図を模したナーガの綱引きの様子。 アンコールワットからバイヨンに続く道路に立つ南大門の南側にも,同じような石像を見ることができる。


西塔門入口上部(破風)のレリーフ

光の具合で鮮明に撮影できなかったが,ラーマーヤナの物語を刻したもので,ラーマ王子と悪魔の王様ラーヴァナの戦いを描いたもの。


美しい女性像と偽窓

アンコールワットやタ・プローム同様,美しい女性像があちこちに彫られている。 右の方には偽窓〜窓の機能は成していないが,一見窓のように見える彫物〜が見える。 未完成かと思われるが, どうやらこのように「半開きシャッター状態」が特徴のようである。



回廊内部の様子(左) 「裸」になった中央祠堂(右)
この辺の回廊は比較的状態がいいところ。(左) 中央祠堂の柱や壁には,美しいレリーフがあったのだろう,持ち去られたと思われる跡の穴が残るだけである。(右)


北側回廊に鎮座するリンガ&ヨニ

回廊の真ん中にある円柱形の石が乗った四角い土台,これはヒンズー教の象徴でリンガとヨニ(共にサンスクリット語)と呼ばれるもの。 円柱形のリンガはヒンズー教の神シヴァ(男性)の象徴, 台座のヨニはシヴァ神の妃ドゥルガー(女性)の象徴といわれ,この2つの組み合わせは繁栄や豊かさ,平和,不死などを意味している。
上の方にはいくつかレリーフが剥がれた跡らしきものが見えるが,これは建立当初は仏像も祀られていたが,後にヒンズー教徒により彫られていた仏像が剥ぎ落とされたもの。



未完成?彫りが浅いレリーフ(左) 塔門の角に刻されたガルーダ(右)
彫りが浅い割には綺麗に残っていたレリーフ。 未完成なのだろうか? 彫りが深いものに比べると,素朴さが安らぎを感じさせてくれる。(左)
東塔門の角に残るガルーダ。 インドネシアの航空会社の名前の冠にもなっているガルーダとは,ヒンズー教の神鳥で,仏教国であるタイ政府の紋章としても使われている。  アメリカ先住民のサンダーバードやエジプト神話のフェニックスなど,同様の「鳥」は各地で伝えられている。(右)



東塔門のすぐ内側の前殿上部に施された天女アプサラスが踊る姿
アプサラスとはインドの神話に登場する天女で,水の妖精の総称。 アンコールの遺跡群では各地で見ることができる。 アプサラスの上には, 仏像が剥ぎ取られたと思われる跡が見られ,ここでも仏教からヒンズー教への遷移をうかがうことができる。


 「聖なる剣」の意味を持ち,戦勝記念として父親の菩薩を祀ったプリア・カン。 クメール遺跡の中でも異例の2層(2階建て)の洋風建築物は,流石に見る価値がありました。

 陽が落ちるまでもう少し時間があります。 宿に戻るまでに,もう1か所散策してみましょうか。


北塔門外部の乳海攪拌を模した「ナーガの綱引き」
西塔門の外側と同じような石像。 ナーガとはインド神話の蛇で,冥界や正義を表すもの。 カンボディアやタイなどでは,寺院の通路や階段の手すりなどによく使われている。


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