Cambodia Report 4.3

バンテアイ・スレイ
−その3−

第三周壁西塔門の西側破風 猿王スグリーヴァと兄ヴァーリンの戦い


 朝の陽光を境内の向こうに見る西側に来ました。 この辺は日陰になるので,写真が全体的に暗いのですがご容赦下さい。

 境内の西側にある第三周壁西塔門から少し足を踏み出して振り返ってみると,そこにも素晴らしい彫刻が見られます。 ダイナミックに刻まれているのは,ラーマヤーナの物語の一幕, 猿王スグリーヴァとその兄ヴァーリンの戦いの情景です。

 ラーマヤーナとは,インド各地に残るラーマ王子の伝説をまとめた叙事詩で,紀元前2世紀〜紀元後2世紀ころに成立したと言われています。  このラーマ王子は,ヒンズー教の神様であるヴィシュヌ神の化身とも言われており,タイの国王のお名前である「ラーマ(現在のプミポン国王はラーマ九世)」も, このラーマ王子から戴いたものだそうです。 ラーマヤーナの物語は東南アジアでは広く「流通」しており,タイやカンボディアでもさまざまな物語で残っています。  なんと,この叙事詩は日本にも伝わっており,皆さんご存知の桃太郎伝説も,元はこのラーマヤーナの物語から伝わったとのことです。

 閑話休題,それでは少し暗いのですが,境内の西から北側の精緻をご覧戴きましょう。


中央祠堂西側

西側から臨む中央祠堂。 破風には西の方位を示すヴァルナ神が鵞鳥に乗った姿が,リンテルには悪魔にさらわれるラーマ王子の妻, シーターの姿が刻されている。 彫刻だけの偽扉の両側を守っているのは優美なデバター。


境内の至る所に見られるデバター
中央祠堂の北西側から臨むデバター(左)と北祠堂東側のデバター(右)。 これらデバターの中で最も美しいものは,「東洋のモナリザ」と命名されている。  境内への立入制限と陽光の具合で鮮明な画像でないのは,ご容赦!


北祠堂北側

ヴィシュヌ神に捧げられている北祠堂の北側。 ここも偽扉で,その上の破風には北の方位を護るクベーラ神が, リンテルには双胴の阿修羅を引き裂くクリシュナが彫刻されている。


東側から望む北経蔵
北経蔵東側入口上の破風(上)には,火神アグニがカンタヴァの森に住むナーガを殺すためにつけた火を, 三頭の象アイラーヴァタに乗ったインドラ神が消そうと慈雨を降らせている様子が刻されている。
北経蔵東側入口を北東から撮ったもの(下左)。 陽光に木々の陰が映っているので,ちょっと見辛いか?
北経蔵の東側壁面(下右)には,目の粗い軽石のようなラテライトの上を砂岩で覆って「化粧」をしている様子が窺える。


前殿の南北の入口と破風
中央祠堂の東に位置する前殿の南側入口(左)とその反対側の北側入口。 ここは偽扉ではなく, 「真面目」な入口。



朝の陽光に映える前殿
 グルリと右回りに一周してきたバンテアイ・スレイ,如何でしたか? ヒンズー教の神話を緻密に刻んだ数々のレリーフは,必見の価値があるものです。  ご覧になったように,この小さな遺跡は,この時期(10世紀後半)にしては瀟洒な寺院だったハズ。 「クメールの至宝」とも呼ばれ訪問者を魅了する素晴らしさは,実際に訪れればきっと虜になるでしょう。

 フランスのド・ゴール政権下で,1959年から10年間に亘って初代文化大臣を務めたアンドレ・マルロー (1901-1976) は,1923年に考古学調査のために訪れたこの遺跡から, 浮彫の女神石像(扉の上に刻まれている「リンテル」という枠組みの石材という説もあり)を発掘したが,その年の12月にフランスへの帰途,プノンペンで石像を押収され逮捕されています。 マルローはこの経験を題材に, 「王道」(原題 La Voie royale)という小説を1930年に発表しました。

 これほどまでに人々を魅了するバンテアイ・スレイ。 アンコールの遺跡群に足を運ぶ機会があれば,是非とも訪れてみて下さい。 行くのであれば,朝の早い時間帯がオススメですよ。

 この後は,アンコール遺跡群の中心を成す,アンコール・トムの方へ足を進めてみましょう。


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