China Report 3.8

唐揚氏順陵

畑の中にポツンと「聳える」高さ12.6mの順陵

 西安咸陽国際空港から北に1km程,咸陽市渭城区底張鎮韓家村の東に位置する唐の順陵。 ここは則天武后の生母で,隋の皇族だった観王揚雄の姪である揚氏の墓です。

 670(咸亨元)年9月14日,揚氏が逝去すると則天武后は太源公妃の称号を追贈し,王礼の規定により陵墓を造営して埋葬しました。 その後,則天武后が実権を握ると, 689(永昌元)年に自分の母に忠孝太后の尊称を贈り,揚氏の墓を明義陵と名付けます。 当時,陵は皇帝や皇后,上皇,太后の墓に限って用いられる呼称でした。 690(天授元)年, 則天武后が皇帝に即位すると揚氏を孝明高皇后に追尊し,墓の名前も順陵と改称されました。

 則天武后がこの世を去って再び唐の時代が訪れた 713(先天2)年,玄宗皇帝が即位後,則天武后の武氏とその母揚氏の称号を全て廃し,陵から墓に改めましたが, 後世の人々は揚氏の墓を順陵と呼び慣れていたため,今日まで「順陵」と呼ばれ続けています。



【順陵の碑】
「唐則天皇帝母揚氏之墓」の説明が刻まれている順陵の碑。 1961年に国務院が全国重点文物保護単位(=国家級の重要文化財)に指定し,陜西省文物管理委員会が 1963年に建立したもの。



【石天禄】
天禄は一角獣,麒麟またはペガサスとも呼ばれる。 頭の上の尖った角,翼に刻されている巻雲模様,蹄の形の足などが美しい。 高さ4.15m,長さ4.2m,幅1.9m,重さは70tに及ぶ。  順陵を護る石刻の中でも絶品である。



【石獅子】
鎮墓獣の一つ,獅子。 高さ3.05m,長さ3.45m,幅1mで,重さは約70t。 丸い両眼は張り出し,口には鋭い歯が見え,力強く走る姿は勇ましい。


【石羊】
とうもろこし畑に顔を出す石羊。 これも鎮墓獣だろうが,可愛らしささえ感じる。



【石人】
順陵を護る石人。 ここには全部で13体の石人が陵を護っている。



 順陵は,1953年に陜西省文物管理委員会により全面調査がされました。 この陵にゆかりのあるものとして,則天武后が母の死の32年後の 702(長安2)年に表徳碑(徳行や善行を表した石碑)として造った順陵残碑があります。 碑文は甥の武三思, 筆は当時の相王李旦,後の唐睿宗によるもので,碑文には 則天文字 が使われています。 後の明の時代 1555(嘉靖34)年に起きた地震で破損し,残った部分は現在咸陽博物館に保存されています。

 この時期,トウモロコシが茂る畑にポツンと聳える順陵。 高さは12.6m,底部の幅は48.5mの正方形の方墳です。 ここには登ることができますが,パンプスでは無理でしょう。  ここもスニーカーは必携です。 「陵頂」から望む関中平原の眺めはなかなかのもの,空港に近いので離発着する飛行機の姿もよく見えました。


(左)陵頂から東方向(?)を望む (右)空港に近い順陵からは着陸する飛行機がよく見える


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