Episode 11
滞在許可 
 日本に帰ってきて、酒席などでタイの話をしていると、「タイに滞在する日本人は運転手やメイドを雇わなければならない」と主張する日本人に多く出くわす。  そういう話は往々にして耳にするが、筆者の場合、そんなことは全くなかった。 運転手やメイドの雇用義務が無いことを説明したところで、どこかで聞き囓ったクレバーな思い込みを正すには膨大なエネルギーが必要になるので、 「そういうケースもあるでしょうね」と適当に流すことにしている。

 どこの国でも同様であろうが、入国する時は滞在許可が出される。 観光目的の入国では数日〜数か月というのが一般的で、タイの場合も日本のパスポート所持者が観光の目的で30日以内の滞在であれば、 空港などのイミグレーション(入国審査)で30日の滞在許可スタンプがパスポートに押されることになる。(2008年6月現在)

 これが留学や仕事などで長期間滞在することになると、予め大使館にビザを申請する必要があり、学校の在籍期間、仕事の契約や労働許可の期限などを勘案して、パスポートの添付書類やパスポートへのスタンプなどの形で滞在許可が出される。

 長期間の滞在許可を得るには、様々な書類が必要であり、またいろいろなインタビューや説明を受ける。 筆者もタイ入国初期には、入国管理局や労働省、日本大使館、法律事務所、病院などあちこちを右往左往した。

 この滞在許可を得るためのプロセスで、「タイに滞在する日本人は運転手やメイドを雇わなければならない」との話は一切無かったし、書類上にもそのような表記は無かった。  ここでは、聞き囓りのクレバーな思い込みに少しばかり抵抗すべく、タイのドライバーやメイド事情について気ままに書いてみることにする。

ドライバー 
 タイで仕事をするに当たって、ドライバーを雇う必要があるか? 少なくとも民間の仕事でタイに滞在する場合、雇用の「義務」は無い。 しかし、仕事の業種、事業所の所在地や居住地にも寄るが、概ね答えは「イエス」だろう。  バンコクなどの都市の中心部であれば、バスなどの公共交通機関は確かに存在するが、タイ人以外の外国人が不自由なく使いこなせる公共交通は、せいぜいバンコクの BTS地下鉄 くらいのもの。  また、時にはBTSや地下鉄などの公共交通機関ではアクセスできない郊外の取引先や工業団地などに行かなければならないケースも考えられる。 従って、タイで仕事をする多くの日本人にとって、車は必需品となるだろう。

 では、その必需品の車を誰が運転するのか? タイは日本と同様、車は左側通行で、日本で見慣れた車も数多く流通している。 州によって通用度合いに温度差があるアメリカと違って、タイでは全土で国際運転免許証も通用する。  じゃぁ、タイで車を運転するのなんて簡単じゃないか! いえいえ、早合点はいけませんよぉ・・・。

 メインページで バンコクの交通渋滞事情 について解説したが、タイで、特にバンコクで車を運転するのは至難の業。 まずは何といっても言葉の壁である。 確かに道路標識にはアルファベットを併記しているものもあるが、日本の標識と同様タイ語が「主流」。  例えアルファベットで表記されているとはいえ、運転中に外国語を瞬時に理解するのは容易ではない。

 また、万一の事故やトラブルの時に、相手や警察、保険の関係者などと円滑なタイ語で、かつ地元のルール(言葉遣い、商慣習、交渉手順など)に沿った形でコミュニケーションを取ることができるか?ということも考慮の必要がある。 聞いた話ではあるが、 信号待ちの時に制服の警察官が怪訝な顔をして運転席の窓を叩き、「アオ、ファイスーブリー(煙草の火をかしてくれ)」ということもあるらしい。

交通ルール 
 更に、タイ(というよりバンコク?)特有の交通ルールもある。 例えば下の写真のような渋滞でも、数十mのうちに端から端まで車線変更しなければならないような場所がある。 こうした場所では、短い距離でスムーズに車線を変えるための「心理的テクニック」が要求される。

 また、信号が無い交差点を複数の車が同時に通ろうとする時は、どの車が優先するのか? タイの法令上のルールは定かではないが、実質的には「気が強い運転手」や「それなりのステータスがある人」の車が最初に交差点を通過するようである。 気が強い運転手は、強引に前に行こうとするので、狭い交差点では接触しないかヒヤヒヤである。  彼らは決してバックしない(=プライドが高い)ので、お互いがバックしないまま離合する情景は、さながらアクロバット。 「それなりのステータスがある人(=例えば警察や軍の高級幹部、大企業の経営者など)」の車も、車種やナンバープレート、車に乗っている人の態度や容姿などで瞬時に判断する必要がある。  このようなローカル・ルールを理解するには、暫く居住する必要があり一朝一夕に理解できるものではないだろう。

 現地でドライバーを雇うにあたっては、日本人をよく理解した運転手が望ましい。 ただ、彼らの殆どは流暢な英語や日本語はできない。 なぜなら、そのような外国語能力があれば、ドライバーにならなくとも収入が高い仕事が他にあるからである。 日本でも英語が流暢にできれば、外資系の企業などに就職するのでは?

 また筆者の経験では、若いドライバーよりも経験を積んだ、いささか老練のドライバーの方が無難である。 若いドライバーは傾向的に、あまり道を知らない輩や深酒をして二日酔いで運転する輩などが少なくないらしい。 いずれにせよ、現地でドライバーを雇う際には、日本人向けや日本人が経営する車両管理会社などに相談されるといいだろう。 〔2008年6月記〕