May 2005 | |||||||
2005年5月1日(日) | |||||||
この週末は,列車で1時間ほどの実家に行ってました。 移動にはJRを利用しましたが,4月26日の日記に書いた尼崎のJR福知山線の列車事故を意識しているのか, ダイヤは若干遅れ気味。 まぁ,タイで鍛えている我々にとって,数分の遅れなんて遅れのウチには入らないので,何の問題もありませんでしたが…。 今日の某番組のコメントで流れていましたが,今の日本は,というか今の日本人は,何につけても「完璧」を求め過ぎ。 1分たりとも遅れは許せない, こういう「風潮」が今回の事故を招いた遠因かもしれないと。 ヒトゴトだとも思える今回の事故は,我々の日常の意識も発端のひとつと言えるのかもしれません。 1年前の橋田さんも言われてましたが, 我々の日常の生活に,もっと余裕が欲しいものです。 | |||||||
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2005年5月2日(月) | |||||||
博多では,明日から博多どんたく港まつり。 巷の予想では,この博多どんたくが今年も黄金週間中で最も人出が多いそうですね。 博多っ子の間では,例年どんたくは雨に見舞われることが「当たり前」のようですが,今年は天気に恵まれそうです。 編集部は何とサボリなことか,取材に行くこともなくユックリ休養をとる予定。 博多の鉄路の玄関口であるJR博多駅では,恒例かどうかわかりませんが北側の博多口(新幹線ホームから遠い方)に沢山の鯉のぼりが泳いでいます。 どんたくを見にお越し戴く観光客の皆さんをお出迎えしています。 博多にお越しの皆さん,いろんな楽しみを堪能されて, 有意義なひとときをお過ごし下さい。 | |||||||
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2005年5月3日(火) | |||||||
編集部では,「コスト削減」も兼ねておにぎりを作り,昼食を近くの公園でピクニックと洒落込みました。 まぁ最近のピクニックでは,行った先から携帯で出前を注文するスタイルもあるらしい。 何かヘン。 久しぶりのバンコクネタですが,昨日:5月2日からバンコクのバス料金が一律1バーツずつ値上げになったとのこと。 折からの原油高騰の影響を, タイ政府もバンコクの輸送公団も遂に持ちこたえられなくなったようです。 1バーツの値上げは,バンコクっ子には大きいでしょうねぇ。 往復で1日2バーツ, 1か月20日使うとして40バーツの出費増。 40バーツと言えば標準の食事2回分,日本換算すれば概ね1000円相当というところです。 この情報については,メインページのバンコクのバスを乗りこなすのページの終わりに追記しましたのでご高覧下さい。 | |||||||
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2005年5月4日(水) | |||||||
今日ふとしたことから,かつて通信販売で売られていた胎教用の「もしもしグッズ」を思い出しました。 ホースの両端に漏斗(朝顔?)のようなものが付いて, 片方を妊婦さんのオナカに当て,反対側から話しかけて胎教をしようというもの,あったでしょ? その昔(?)は一世を風靡したこの製品, 今となっては通販カタログで見かけることも殆どなくなりました。 で,世間的にはどのような扱いを受けているのか?と, ネットで探してみると「プリガフォン」として \3,000 ほどで売られているらしい。 中にはホースやペットボトルで作る方もいらっしゃるようで。 興味ある方は「プリガフォン」で検索してみて下さい。 | |||||||
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2005年5月5日(木) | |||||||
朝から届いた新聞に挟んであったチラシを見ていると,近くのスーパーで全国駅弁大会をやってるじゃありませんか。 その中に,かつてから狙ってた兵庫県にある西明石駅の名物 「ひっぱりだこ飯」がありました。 この駅弁は,かつて一度食べたことがあって,弁当の中身が美味しかったこと+食べた後の陶器製容器が印象に残った(=程良い大きさで,筆筒や箸立など何かと使いまえがある)ので, ずっと探していたモノです。 今日は早速買いに行って,昼食に家族で楽しみました。 さて,明日は暦どおり仕事ですが,福岡では陽が落ちる頃から雨が降り出しました。 明日も一日雨のようです。 | |||||||
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2005年5月7日(土) | |||||||
天気予報より少し遅れ,昨日は夜まで雨が残ったのですが,今朝は上がっています。 保険証を病院に提示する必要があるので,トンピン娘が予約の時刻に小児科に, 自分はその後に内科にと交替で医者に行き,ノドの薬を貰ってきました。 今日は一日,大人しくしておきましょう。 永らく更新していなかった特別リポートのカンボディア旅行記,今日はアンコール遺跡の中でも屈指の美しさを誇る, バンテアイ・スレイ -その1- のページをアップしました。 ページの進み具合は牛歩の如きスピードですが,懲りることなくご高覧下さい。 アンコールに行ってから既に2年以上も経つのですが,バンテアイ・スレイの美しさは今でも昨日のことのように思い出されます。 機会があればもう一度行きたいところの一つです。 | |||||||
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2005年5月15日(日) | |||||||
今回のKリンさんは 15本+タンブラー3つと,Aサヒさんより豪華です。 これで暫くは左団扇で(?) これもきっと「卒論」へのご褒美に違いないと推測しているのですが,或いは各ビールメーカーの企画担当の方が 地元のビールは旨い!や 再び?ビール大研究のページをご覧になり, 「書き賃」としてご褒美を下さったのかも。 であれば,SッポロさんやSントリーさんからも「同業他社として遅滞なく」何か送ってくるのでしょうねぇ...。 何にも応募してませんが,淡い期待を抱いて気長に待ちましょう。 | |||||||
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2005年5月20日(金) | |||||||
今日は写真無しでいきましょう。 皆さまの暖かいご支援により,カウンタが55,000を突破しました。 ご愛顧有難うございます。 カウンタが50,000アクセスを越えたので,
これからは10,000アクセス毎に推移をお知らせすることにしますね。 このところタイ関係のネタ不足で苦慮しているのですが,ワールドカップのアジア予選,6月8日の日本対北朝鮮戦がタイのバンコクで開催されることが決まったようですね。 報道によると, 1998年に開催された第13回アジア大会のメインスタジアムだったラーチャマンカラー国立競技場が会場とか。 さて,ラーチャマンカラー国立競技場ってのはどこだろうと,バンコクの重宝部員, いや諜報部員を駆使して調べたところでは,熊本名物味千ラーメンの店があるラムカムヘン大学の近所らしい。 そういえばあの辺に, うねった屋根を持つ大きな競技場らしきものがいくつか並んでました。 まぁ観客抜きの試合なので直接は見ることはできませんが,当日恐らくタイではTV中継やBTSの西の終点, TOKYUが入っているマーボンコン・ショッピングセンター隣の国立競技場での大型スクリーン観戦などがあるのではないか?と推測しているのですが。 今日は,先日送ってきたKリンさんのご褒美がまだ残っているので,チビチビやりながら書いています。 | |||||||
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2005年5月21日(土) | |||||||
スパンブリはバンコクの北150kmにある街で,2004年12月25日の日記で紹介したとおり,昨年の12月19日に行きました。 このワット・プラ・ノンには, タイでは珍しく仰向けに横たわった仏像が祀られています。 お寺の名前の「ノン」は,横たわるという意味。 ここはまた, メークロン線道中記その2で訪れたマハチャイを流れるターチン川の120kmほど上流に当たるところでもあります。 今日の写真は,我が家の'93年製ドラ息子が机の前に大事に飾っているガネーシャ三態です。 ガネーシャはヒンズー教の学問の神様で, ドラ息子は時々「よろしくお願いします」とお祈りしているとのことです(謎)。 | |||||||
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2005年5月22日(日) | |||||||
読者の皆さんに少しでも興味を持って戴ければ,行ったことがある方にはよき復習材料となるべく,そしてまだ行かれてないことがない方には「行ってみよぉかな〜」という気になって戴ければ…… いろいろな思いを巡らせながらアンコール遺跡関係の書籍はもとより,旅した時のガイドブックやヒンドゥー教関係の各種データを参考に作っております。 バンコクに居る時は「これ」と「それ」くらいをやっておけば困ることはなかったのですが,日本に帰ってきたら「これ」と「それ」に加えて「あれ」も「どれ」もと,余裕の NASA じゃなくって,余裕の無さを感じています。 それ故ページの更新が進まないってのは,単なる言い訳ですかねぇ? でもこんな国民的雰囲気が,JRの脱線事故などを誘発するのではないでしょうか。
閑話休題。 しかしながら活用できるのは,浅学非才の編集部の | |||||||
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2005年5月23日(月) | |||||||
何と!会場がマーボンコン・ショッピングセンター横,BTSシーロム線の西の終点 National Stadium(タイ語では「サナーム・ギラー・ヘンチャート」)の目の前にある,スパチャラサイ国立競技場に変更になったとのこと。 うひょ〜,編集部に断りもなく(?)変更するなんて! そのお陰かどうか判りませんが,マーボンコン・ショッピングセンターの並びにあるパトゥムワン・プリンセスというホテルは,6月8日を中心に既に満室とか。 このホテルのどこかから,スパチャラサイ国立競技場の中が見えるからというのが理由らしいです。
ウ〜ン,流石タイですねぇ。 在タイ3年余りの編集長は「どっかのエラ〜い誰かが,スパチャラサイ国立競技場に変更しろ!って圧力かけたんじゃないの?」なんて勘ぐってますが…。 まぁそれは | |||||||
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2005年5月28日(土) | |||||||
バンコクを離れようとしていた昨年の5月28日・・・朝のニュースで飛び起きたこと,橋田さんのお宅に出入りしていた仲間と相互に電話をして情報を収集したこと, 日本に帰るか否か一日中悩んだこと,最終確認が取れなかったので予定どおり帰国したこと,夜行便の飛行機の中で殆ど眠れなかったこと・・・などなど, あの日の出来事が昨日のことのように思い出されます。 1年経ったのに,イラクの情勢は好転していません。 モハマド君は予定どおり日本に来て,目の手術を受けることができました。 日本では, 日本人特有の「余裕の無さ」や「大らかな心の無さ」が,様々な社会現象や事件・事故を誘発しています。 橋田さんは2004年5月15日のバンコクでの講演で, 当時イラクで人質事件に巻き込まれ,自己責任や国家責任などで論議となった5人の日本人のことを話されました。 この時に『日本人はもう少し大らかな心を持ち, 無事に還ってきた5人を暖かい心で迎えるべき』と説かれています。 橋田信介さんについては,不屈の白髪将官 のページに紹介していますので,ご覧下さい。 |